うぅーーポッの
 不思議夢体験
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  デジカメとスキャナ



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    伴奏が主

  伴奏が主


          主な曲目

 かっこうワルツ 美しき天然 クシコスポスト

 *ダニーブ河の漣 *ドナウ河のさざ波 仰げば尊し

 *トルコ行進曲 *ハンガリー舞曲第5番 蛍の光

 朧月夜 みかんの花咲く丘 双頭鷲の旗の下に

 東田小学校校歌 青陵中学校校歌

 *印: 同じ曲だった感じがする。

  メロディが主
 
   メロディが主

戦後、間もない昭和26〜27年から中学校2年(1952〜1954年)の約3年余、豊橋市立東田小学校・同青陵中学校で各クラス数人づつ計30人程度で器楽合奏をしたのは懐かしく思い出します。
構成は当時、生徒全員が持っていたサカホンが中心で、それに木琴、アコーディオン、大太鼓、シンバル、ピアノ等で構成されたものです。
東田小学校では加藤豊三郎先生、青陵中学校では高橋和夫先生が指揮をしました。中学校での構成はは殆ど東田小学校出身者でした。
小学校訪問、豊橋産業文化博覧会でTV出演、NHKやCBCラジオ出演や、自校の小・中学校学芸会での演奏会が主ですが、小学校の夏休み時期に一日かけレコーデングも行いました。
小学校の時には、クラスに武蔵野音大教授の娘さんもおり、加藤豊三郎教師は大変力をいれていました。
正に飛ぶ鳥を落とす勢いで教師間では誰にも文句言わせない雰囲気でした。
中学校に入学したとき、高橋和夫先生が突然クラスに入ってこられ私の顔を見て小澤の弟かと言われた時はビックリしました。
小6の時、豊橋産業文化大博覧会ではテレビ電波館で出演しました
女生徒はドーラン化粧を塗り眩しく熱いスポットライトを浴びての器楽合奏は初めての体験でした。
市の後部がオープンになっているバスに乗って、市内各学校を廻り演奏したり、その合間には今で言うサッカーのようなボール蹴りをしたり結構楽しませて頂いた。
今でも、その光景が甦ってくるような気がします


夏の暑い時期に、東田小学校講堂(旧豊橋商業学校講堂横)に電源車や直流・交流変換車が来て78回転盤に溝を削っていくと同時にテープ録音をしテープでは即座に再生している様子にはビックリしました。

それから中1の時、豊橋市公会堂で開催された市民クリスマス音楽会での演奏などに出演したのも懐かしく思います。
その日は冬休み時期で、男子生徒の一部でボイコットをする話になりましたが、
当日、宮田先生のお嬢さんが今から出かけましょうと自宅まで呼びに来ました
他の男子生徒には悪いと思ったが、母親が折角宮田先生のお嬢さんが呼びに来てくれたのだから、そんな話合わせ乗ることは許さないと叱られたのも後の生き方に影響したのは事実です。
その母親、高橋和夫先生が担任になった中3の父兄会の時遊びほうけている私に「勉強しており感心」と同級生の前で話してくださいと言ったようで、「勉強していてそんなもんかと大いに恥」をかきました。
入試まで半年を切った2学期でしたから母親の「奥の手」に
はめられ真剣に勉強するようになりました。



♪ 器楽合奏の思い出 ♪
       − 小中学校の約3年余の期間 −
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